月の木漏れ陽亭
いらっしゃいませ☆  リニューアル!詩作やら日記がメインです。趣味や日々のあれこれを語っています☆  みなさま、どうぞごゆっくりとしていって下さいませww
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生きるは寂しさを知るためか
   お遍路終えて



    ※すみません・・・まだ過去の日記編です。

     大学生の時行った四国遍路の想い出です。






 無事にお参りも済み、東京の我が家へ(当時は東京に住んでいた)。

 両親に旅の土産話など聞かせて。まだ四国の余韻が漂った中、私は

 心を改めた。

 よし!明日から頑張ろう!!  

 無駄ともいえる日々を過ごしてしまって後悔。

 でも、きっと私にはその毎日が必要だったのだろう・・・。

 でなければ、今回お遍路に再び行かれなかったろうし、安楽寺でバ

 イトをしたいなんて思いもしなかった。中学に入学してからおよそ、

 6年間。私は四国へは行けなかった。幼い頃周った遍路の思い出を

 引っ張り出して周ってきた遍路旅。

 充実した中に、新たに頑張っていこうという活力を得られた。色彩

 を欠いてしまったなら、新たに色を付けていけばいいじゃないか。

 真新しいキャンパスに絵の具で色を塗っていけばいい。高校生から

 抜け出せ切れずにいた自分にケジメをつけて、新しい一歩を踏み出

 していかなければ。私はようやくそこまで己の心を整理することが

 できた。お遍路で本当に大切なことを学んだ。いや、気付かせても

 らえた。人間は新しいことに踏み出そうとする時、何かしらのきっ

 かけと少しばかりの勇気が必要だ。

 それまで慣れ親しんだ環境が居心地良くて、離れたくないと思うこ

 とほど、別れは辛い。悲しい。でも、いつまでも思いを引き摺って

 いては成長できない。

 「卒業」----私はお遍路によって、本当の卒業ができた気がした。





                つづく






 大学生の時、本当に無気力で。

 何に対してもやる気が出ないというか、ダルイというか。

 中学・高校が一貫だったので、仲の良かった友人や先生

 たちと離れてしまったことが自分の中で堪えていたのだ

 と思う。

 人は慣れた場所から離れる時、なかなか心と体がうまく

 前を向いてくれないことってあるけど、私の場合は特に

 それが顕著だったのだろう。

 お遍路の過去日記はひとまずこれで終了です。

 このあと、夏に行った安楽寺でのバイト生活については

 またの機会に記事にしようと思います 















   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「グッバイ・

    ワルツ」の歌詞の一節から拝借しています  




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蘇れもう一度
   1日目を終えて・・・




    ※いまだ過去日記です。ご注意下さい。

     とお~いとお~い、過去 (笑)







 その日、お参りを終えて私たちが宿泊する所は6番札所・

 安楽寺。昼間会った執事のヤスさんに改めてご挨拶して、

 若住職(現住職。この時はまだ若だった)や、若住職のお

 母さんにご挨拶をして、お茶をご馳走になって。とても、

 和やかな雰囲気のお寺だなあと思った。

 連休明けとはいっても、まだまだお遍路シーズン。

 私たちの他にも沢山の宿泊客で安楽寺は賑やか。

 みんな、とても忙しそうに動いている。

 夏も忙しいのかな・・・?

 夕飯が終わったあとお勤め。本堂に移動。故住職は高齢な

 ため、若住職がお勤めを。経が終わったあとはお話。若住

 職のお話は結構長いことで有名(笑)

 うちの父も一度話し始めたら止まることを知らない人だか

 ら、う~ん、お坊さんって、みんな同じなのかな、と思った(笑)

 食事後のお勤めなだけに、多少なりともお酒の入っている人

 が多く、周りを盗み見ると、コクン、コクンと首を振ってる

 人がチラリ、ホラリ。

 私もMさんもしたたかに飲んでいたので、いい気分(笑)

 もちろん、だからといって寝たりとかそんなことはしないで

 すよ、本当。お話が終わったら、大浴場へ。

 大きなお風呂。ゆったりと浸かって、足の疲れを癒して。

 酔いも手伝って、ほこほこいい気分♪

 無事に一日目を終えて・・・とにかく四国に来て良かった、

 と。連日やる気をおきなかったどうしようもない不安定さが

 消えて、とても充実している。生きているということが幸せ

 だなあと感じる。気持ちよく送り出してくれた両親に、連れ

 てきてくれたMさんに、大らかな安楽寺のみなさんに、総てに

 感謝を。



             つづく






 大学生の頃の憂鬱。

 今も覚えています。なにかを喪ってしまったかのような、

 なんともいえない喪失感。

 それがこの時のお遍路で前に進んでゆこうという姿勢に

 導いてくれました。

 私にとっては手を合わせるという事は一生縁のあること

 なのだろうなぁと思う。

 思えば、私という人間が寺の子として生まれてきたのも

 必然だったのかも。















   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「銀河の星屑」

    の歌詞の一節から拝借しています  




故意か偶然か
   偶然か、必然か




   ※前回に引き続き、過去の日記です。

    大学生の時に行ったお遍路話です。







 この時、久し振りに大先達でもある浜ちゃんと会った。少し前

 に大病した浜ちゃんは、見事に回復していて、とてもお元気そ

 うで安心したのを覚えている。私はMさんと同じ車で、もちろん

 浜ちゃんの運転。今回のお参りは、1番霊山寺からスタート。

 予定では半分は周る。今はどこまで行ったかうろ覚えだけど(笑)

 どこのお寺だったか・・・。本堂に向かって歩いていくと、

 大きな声で御詠歌が聞こえてきた。境内に入っていくと、10

 人前後の団体がゴロゴロとした石の上に正座していた。

 先頭では黒い衣をまとったお坊さん。御詠歌が終わり、お

 経になった。私たちは、ゆっくりとお線香や蝋燭、お賽銭、

 札を納めながら、終わるのを待った。こういう時、余程急

 いでいたり、沢山の団体がいなかったりしたら、大抵はあ

 る程度邪魔にならないくらいまでは遠慮する。暗黙の了解

 というのだろうか・・・。お互いに敬意をはらったお参り

 の仕方。

 さて、私たちの番と思った時、「あっ!」  

 なんと先頭で先達していたお坊さんは、安楽寺の執事でも

 あるヤスさんだった!!

 これにはビックリ☆

 まさか、お参りの最中にこうして出会えるなんて思いもし

 なかった。それは向こうも同じだったらしく、とても驚い

 ていた。どうやら、安楽寺で募った遍路の団体らしく、そ

 の中にはヤスさんの奥さんもいた。

 夏行く前にお目見えできて良かった。それにしても不思議

 な縁だなあ・・・。ヤスさんは、体も大きくて豪快な人。

 私も小さい頃会ってはいるけど、なにしろあんまり覚えて

 いなかったので、改めてその豪快さに驚いた(笑) 

 優しく笑ってくれて、握手までしてもらったのを昨日のこ

 とのように覚えている。懐の大きそうな、いい人だな。初

 見でそう思った。今は訳あって、安楽寺にはいない。ここ

 何年かお会いしてないので、元気にしてるかなあ・・・、

 会いたいなあ・・・と思う。

 偶然なのか、必然なのか・・・。まさにお寺の中で出会え

 たということは、仏さまが引き合わせてくれた、謂わば仏縁。

 お大師さまは、私が安楽寺に行くことをゆるしてくれている、

 そう思った。まるで、間にたって仲介してくれたような、粋

 な計らい。逆に言えば、間違いなく私はバイトに行かなけれ

 ばいけない(笑) 私の迷いも不安も総て払拭された出来事

 だった。




                    つづく






 このヤスさんという安楽寺の執事だったお坊さんは今はも

 ういません。どこでどのような生活をしているのかも分か

 らない。父のように慕っていただけにそれが悲しい。

 お参り中に会えるなんんて、こんな偶然があるものなんだ

 なぁ!と感激したことを今でも覚えてます。

 こういうのを仏縁というのでしょうね。















   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「銀河の星屑」

    の歌詞の一節から拝借しています  


私をこの地へ誘う
   遍路に行こう!


   ※前回からの続きです。過去の話なのでご注意下さい。






 元々、徳風会の本拠地は和歌山。それはもう、当時(だいたい

 20年ほど前)は、大型バス何台も連なってお参りに来るよう

 な団体だったらしい。今では数は減ったものの、だいたいバス

 で4,50人くらいらしい。その大元の和歌山徳風会から、M

 さんの母親であった初さんが東京徳風会を発足し、新たに団体

 を作ったのが、この時私が参加した徳風会だった。娘のMさん

 は母親であった初さんの意思を引き継ぎ、先達として沢山の人

 たちを引き連れていた。その頃、父も母も忙しく、また金銭的

 にも家族みんなで行くことが適わないことが続いていたので、

 せっかくだから、と私一人だけを連れて行ってもらうことに

 なった。季節は5月。連休明けの麗らかな春。私を含めて確

 か17,8人だったかと思う。結構多い。バスではなくタク

 シーで周るということで、3人か4人に分かれて車に乗り込

 むスタイルだった。

 朝、羽田飛行場に着くと、ワラワラと白い白衣を着た人たち

 が集まってきた。ほとんどが初対面ということで緊張。

 やっぱり、私以外はおばあちゃんといっても過言ではない方

 たちばかり。それでもこうやって、団体でお参りに参加する

 ぐらいだから、足腰は丈夫な人たちだった。でも、やはり中

 には傍にいないとちょっと心配だなあと思う人もいた。

 私はその時19歳だから、もちろん一番若いわけで(笑)、

 だからこそ動かなければいけないと思い、Mさんに従ってご奉

 仕した。今回行けることになったのもMさんのお陰なわけだし、

 少しでも役に立ちたい。幾ら若いとはいえ、Mさんも50代半ば。

 こんだけ人数もいて、4泊5日一緒に行動を共にしなければい

 けないとなると心労も溜まるだろう。剣道部で培ってきたお陰

 か(笑)、言われる前に動くことは常だったので苦もない。

 寧ろそういうことに縁遠くなってしまったがために無気力にま

 でなってしまったのだから自分の中ではひじょうに嬉しかった。

 やっぱり、私はこうやって動き回るのが好きなんだなあとつく

 づく思い知った。荷物を持ってあげたり、荷物を纏めたり。

 指示されて動くのが好きなのだ。

 しかも、こういうことはさりげなくが基本。決して目立たず、

 ひっそりと。多分にそれを美徳と思っている節が私にはある

 ようで、昔からそうだった。徳島に到着して、実際にその地

 に降り立ってみると、ようやく四国に来たんだという気になっ

 てきた。

 ああ。四国だ!!

 久し振りの四国だ!

 町並みも雰囲気も空気さえもが東京と違って見える(笑) 

 それだけ恋しく思っていたのだろう。

 ひしひしと感じた。本当は自分がこんなにまでも、この四国

 に来たかったのかを悟った。



                    つづく






 また過去日記です。

 お遍路に久しぶりに行った大学生の頃の記憶です。











   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「古の風吹く杜」

    の歌詞の一節から拝借してます 



なくした夢をさがしに
   無気力から脱出を



 皆さんはお寺でバイトしたことありますか?まあ、普通は余程

 縁がない限り、ないですよね。例えば家が寺だとか、その関係

 者が身内にあるとか・・・。

 私も恐らく父が僧侶でなければ、四国遍路なんて知らないでい

 たろうし、中学受験でまず、仏教校を選ばなかったろうと思う。

 父がお坊さんという立場であったからこそ、私は今までその仏

 縁でここまで生かされてきたのだと思う。

 それだけ、人生振り返ってみると、私と仏教とは縁が深く、切っ

 ても切れないえにしを感じる。  

 私が大学2年生、当時19歳の時。四国霊場第6番安楽寺で1ヶ

 月間バイトをしていたことがある。動機というか、きっかけは

 その時抱いていた色々な思いが発端。

 私は、中学・高校と忙しい毎日を楽しく過ごしていた。一体ど

 こが気に入られるのか分からないが、先生たちから信頼され、

 色んなことを頼まれたり、クラスの委員長に抜擢されるのは

 ほとんど常で、所属していた剣道部でもマネージャーという

 ほぼ副長の立場でいたし、周りの友達が個性的で色んな事件

 あるいは問題を起こす度に関与して解決してきたり、と。

 結構日々多忙で、思わず自分のことは後回し、なんてことが

 しょっちゅうだった。私は弱い人間だから、そうした中で頼

 りにされたり、信頼をおかれたりすると、自己存在を認めら

 れたと思い、懸命になれる。価値を見出され、必要とされ、

 中心という立場におかれることが、私の生きる糧となり、励

 みとなり、そうして誇りに感じられた。

 それは、実に危うい、浅はかな感情だと思う。頼られる、信

 頼される、ということに自己満足し、陶酔していたにすぎな

 い。どこかで自分を見失っていたのかもしれない。

 自分は弱い。とても、弱い。

 だから、大学生となって、そういうことから無縁となった時、

 ぽっかりと、まるで心臓に穴が空いてしまったかのような虚

 無感に苛まれた。無機質・無気力・喪失感。学校行事もない。

 親密になれる信頼する先生も個人的にできない。そんな普遍

 的な生活になった時、今までの生活がただ懐かしくて。

 単調すぎる毎日に希望も楽しさも見出せず、総てにやる気と

 いうものがおきなかった。不思議に今まで何事にも真面目に

 取り組んできたというのに。一度たりとも学校をサボったこ

 となどなかったのに。

 何度も学校を休んだり、ただぼんやりしたり。とにかく無気

 力の塊。

 そんな時、父の昔の知り合いがうちによくお参りにくるよう

 になり、その人が先達としてやっている徳風会に、一緒にお

 遍路に行かないかと誘われた。   

 そうだ、お遍路行きたいな・・・。

 そう思い、徳風会に参加することにした。もう10歳の時か

 らお参りはしているが、途中何年か行ってなかったので、む

 しょうに四国が恋しく感じた。私はその時初めて父や、その

 先達のMさんに胸の内を吐露した。

 何事にもやる気が起きないこと。頼られたり、任されたり、

 相談されたりが常だった日常から平凡な毎日に移ったせいで、

 自分に活力が出ないこと。

 素直に話した。その時Mさんが、ならお寺でバイトをしてみ

 たらと提案してくれたのだ。

 それが安楽寺。Mさんが懇意にしているお寺なので、口聞きを

 してくれることになった。すぐに、先方から了承の言葉を頂

 き、早速夏休みを利用して行くことになった。

 その前に徳風会としてお参りを一緒に行くことにした。




                     次回へつづく















 ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの原由子さんの曲

  「Anneの街」の歌詞の一節から拝借しています  






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