月の木漏れ陽亭
いらっしゃいませ☆  リニューアル!詩作やら日記がメインです。趣味や日々のあれこれを語っています☆  みなさま、どうぞごゆっくりとしていって下さいませww
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舎利の気分
   「懺悔文」



 我ら懺悔す

 生まれてこの方

 妄想に惑わされ

 衆罪(しゅざい)を作る


 身口意(しんくうい)の業

 常に顛倒(てんとう)して

 過(あやま)って無量不善の

 業を犯す

 珍財を慳悋(けんりん)して

 施しをせず

 意のままに放逸(ほういつ)にして

 戒を持(じ)せず

 しばしば忿怒(ふんぬ)を起こして

 忍辱(にんにく)ならず

 懈怠(げたい)を生じて

 精進せず

 心意散乱して

 座禅もせず

 諸仏を厭悪(えんの)するを

 恥じず

 菩薩の苦悩する所を

 畏れず

 遊戯笑語していたづらに

 年を送る

 空しく日を過(す)ぐ


 善行を勤めずして

 悪行を営む

 利養を得んと欲しては

 自徳を讃じ

 名聞を求めんと欲しては

 他罪をそしる

 
 勝得(しょうとく)の者を見ては

 嫉妬をいただき

 卑賤(ひせん)の者を見ては

 驕慢を生ず

 富饒(ふねう)の所を聞いては

 希望をおこし

 貧乏の類を聞いては

 常に厭離(おんり)す


 ことさらに

 殺し誤って殺す

 有情(うじょう)の命(めい)

 あらわにとり

 密かに取る

 他人の財

 觸(か)かれても觸れずしても

 非梵行(ひぼんぎょう)を犯す

 仏を観念する時は

 攀縁(はんえん)をおこし

 経を読誦(どくじゅ)する時は

 文句を錯(あやま)る


 もし善根(ぜんごん)を作れば

 有相(うそう)に住(じゅう)し

 却(かえ)って輪廻生死(しょうじ)の

 因縁となる

 行住坐臥(ぎょうじゅうざが)

 知ると知らざると

 犯す所の是(かく)の如くの

 無量の罪


 今三寳(さんぽう)に對(たい)して

 みな発露し奉(たてまつ)る

 慈悲哀愍(あいみん)して

 消除せしめ給ひ

 乃至(ないし)法界(ほっかい)の

 もろもろの衆生(しゅじょう)を

 三業(さんごう)所作の

 是(かく)の如くの罪を

 我みな相(あい)代わって

 悉く懺悔す


 更にまた

 その報いを

 受けしめざれ


 南無慚愧(ざんぎ)懺悔無量

 所(しょ)犯罪



   訳) われは懺悔する。妄想にとりつかれて

      もろもろの罪を犯してきました。

      身と口と意(こころ)の行いは、つねに

      ひっくりかえり、多くの悪行を誤って犯し

      てきました。

      財産を惜しんで人に施さず、気の向くま

      まに、ふしだらな生活をし、戒めなどまっ

      たく守らなかった。

      よく腹を立て、我慢をしない。怠けることば

      かり考えて、少しも努力をしない。心はいつ

      も乱れているが、座禅などしたことがない。

      道理にはずれているのに、智慧を磨こうとも

      しない。

      六波羅蜜行などしたことがないのは、かえっ

      て地獄行きのもとをつくっているのだ。

      僧侶の名を借りて寺院を汚し、僧侶の格好を

      してお布施をもらっているのだ。

      授けられた戒律は、とっくに忘れてしまい、学

      ぶべき修行は嫌いになっている。

      諸仏が嫌がっていることを恥とせず、菩薩たち

      を悩ませていることを恐れない。

      遊びまわり、冗談を楽しんでいるうちに年をとり、

      人に心にもないお世辞や、嘘をいっている間に、

      むなしく日は過ぎていく。

      善き友を避けて、愚かな友と親しみ、善いことを

      しようとしないで悪いことをしてしまう。

      名誉がほしいので自画自賛をし、徳の高い人を

      見ては、ねたましく思う。

      自分より劣った人を見ては高慢になり、金持ちの

      暮らしを聞いてはあこがれ、貧乏な暮らしを聞い

      てはおぞましく思う。

      過失で殺すも殺意を持って殺すも殺人にかわり

      なく、強盗にしてもコソ泥にしても盗人にかわりがない。

      .触れても触れなくても、不倫な行為は不倫である。

      悪い言葉や悪い心のはたらきが互いに重なって、仏

      を観想しても心が落ち着かず、経を読んでも間違える。

      もし善いことをしても、その結果を期待するから、かえっ

      て迷いの世界に入るもととなる。

      毎日の暮らしのなかで、知らないうちにたくさんの罪を

      犯している。

      いま、仏・法・僧の三宝のおん前で告白いたします。

      なにとぞ慈悲のお心でおゆるしください。

      ここに、すべてを懺悔いたします。自らの行いと、言葉

      と、心の動きによってできた罪を、わたしはすべての人

      に代わって、懺悔いたします。

      なにとぞ、すべての人が悪行の報いを受けませんように。





  みなさん、こんにちは。今日は紹介を。

  私のオリジナルの詩ではありません。こんな素晴しい言葉は

  書けないもの・・。

  タイトル名は縮めてありますが、元は蜜厳院発露懺悔文(み

  つごんいんほつろざんげぶん)
といいます。

  真言宗の祖、興教(こうきょう)大師が腐敗した真言宗総本山

  金剛峰寺(こんごうみねじ)の内紛に、深い憂いを持ち、寺内

  の自所「蜜厳院」で3年あまりに及ぶ無言行を敢行、その後、

  一筆のもとに書き上げたと言われる偈文(げぶん)であります。

  真言宗の宗派によって、多少は言葉が違いますが、言っている

  意味は同じです。

  ちなみに上の文は、大抵護摩を焚く前に僧が言う言葉で、つまり

  我々に代わって僧が懺悔文を諸仏に伝えている訳です。

  このブログを覗いて下さってる方はもう既にご存知かと思います

  が、私の父は真言宗の僧都で、やはり護摩を焚く前にこの懺悔文

  を言うんですが、幼心にこの言葉がひじょうに悲しく、切なく思った

  ことを覚えています。もちろん、今でも毎回聞く度に泣きたくなるく

  らい、己を懺悔したい気持ちになります・・・。

  偈文というのは、他にも沢山あるんですが、どれも胸が苦しくなる

  くらい(後ろめたいからか・笑)、考えさせられるものばかりです。

  そして、現代文ではなく、古語だから余計ぐっとクルものがあるの

  でしょうね・・・。機会があれば、また紹介をしてみたいかと思います。

  



   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「ブリブリボーダー

    ライン」の歌詞の一節から拝借してます  chya



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