月の木漏れ陽亭
いらっしゃいませ☆  リニューアル!詩作やら日記がメインです。趣味や日々のあれこれを語っています☆  みなさま、どうぞごゆっくりとしていって下さいませww
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芽ばえよ
   「春社の種」




 五穀の種は

 未来を創る種



 みんなで綺麗な種を蒔こうよ

 いがみ合わないで

 ほら、にっこり笑ってごらん



 五穀の種は

 幸福(しあわせ)を彩る種



 魔法の薬なんだ

 みんなで蒔けば

 きっと美しい花が咲くよ



 だから、優しい気持ちになってごらん



 未来に輝かしい実を

 咲かせるために





 春社というのは、春分に近い戊(つちのえ)のことで

 春の社日をさしています。

 ちなみに社日というのは、春と秋の土地の神様を祀る

 日のことです。

 輝かしい実が成るように祈って。















   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「明日へのマーチ」

    の歌詞の一節から拝借しています  


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選ばれし者よ
   オリュムポスの神々 ~ギリシャ神話 7


 久々の更新です。



   オリュムポスの神々 

 オリュムポスの神々には、はっきりと序列というものがある。

 最高位のゼウスや兄弟姉妹、その子供たちで構成されるオリュ

 ムポスの12神で、彼らはいわば上流階級である。

 12神というのは、ゼウス・ポセイドン・ヘラ・デメテル・ヘス

 ティア・アテナ・ヘパイストス・アレス・アポロン・アルテミ

 ス・アプロディテ・ヘルメスのことを指している。ちなみに、

 冥界の王ハデスは、ほとんど地下の国にとじこもっていたため、

 12神には数えられていない。

 他にもオリュムポスには、多くの神々が住んでいた。たとえば

 アプロディテの従者である愛の神エロスや、ヘラの娘ヘベとエ

 イレイテュイア、運命の女神モイラたち、季節の女神ホラたち

 などである。さらにティタン神族でもゼウスに反抗しなかった

 ものたち、たとえば掟の女神テミスや、勝利の女神ニケなどは

 オリュムポスでゼウスたちと共存していた。

 神々の宮殿では日々華やかな饗宴が繰り広げられ、彼らは神の

 食べ物アムブロシアや、神の酒ネクタルを堪能した。ちなみに

 これらを人間が口にすると、永遠の命を得ることができるとい

 う。神々は地上に住む人間たちを天上から観察したり、議論し

 たりして過ごした。

 ちなみに、アメリカのスポーツメーカー、ナイキ(NIKE)は勝

 利の女神ニケ(Nike)に由来している。

 神酒ネクタルは、ジュースのネクターの語源になっている。

 では、ここで詳しくオリュムポスの12神を紹介。



  ゼウス~オリュムポスの最高神で、あらゆる気象を司る天空

      の支配者。象徴は雷てい、王しゃくなど。聖鳥は鷲。


  ポセイドン~ゼウスの兄。海の支配者で、すべての泉と地震

        の神。象徴は三叉のホコ。聖獣は馬。聖樹は松。


  ヘラ~ゼウスの姉であり妻。結婚の女神。象徴は百合、石榴。

     聖獣は牝牛。聖鳥は孔雀。


  デメテル~ゼウスの姉。穀物、豊穣、農業の女神。象徴は麦

       の穂、ケシ。聖獣は豚。


  ヘスティア~ゼウスの姉。かまどと家庭生活の守護神。


  アテナ~ゼウスのもっとも愛すべき娘。知恵と戦いの女神。

      象徴は楯、槍、兜。聖鳥はフクロウ。聖樹はオリーヴ。


  ヘパイストス~ゼウスとヘラの息子。火と鍛冶の神。妻はア

         プロディテ。象徴はかなとこ、円錐形の帽子。


  アレス~ゼウスとヘラの息子。アテナと同じ戦いの神だが、

      知性とは無縁。象徴は槍、兜。


  アポロン~ゼウスとレトの息子。予言、音楽、医術の神。太

       陽神ともされる。象徴は弓、リラ(竪琴)、聖樹

       は月桂樹。


  アルテミス~ゼウスとレトの娘。狩猟と弓術の女神。アポロ

        ンの太陽神に対して月の女神でもある。聖樹は

        杉。聖獣は牝鹿。


  アプロディテ~愛と美の女神。父親はウラノスともゼウスと

         もいわれている。聖鳥は白鳥、鳩。聖なる植

         物は薔薇、芥子、カリン。


  ヘルメス~ゼウスとニンフのマイアの息子。商人、旅人、盗

       人の神。神々の使者。象徴は伝令杖、ペタソス

       (つばの広い帽子)


  ディオニュソス~(ヘスティアの代わりに数えられることも

          ある)。ゼウスと人間のセメレの息子。ぶ

          どう酒、演劇の神。聖樹はぶどう。聖獣は

          山羊、入鹿、蛇。





 というわけで、ようやく神々の人物紹介へとコマを進めて参り

 ました。ゼウスを始め、多分ほとんどが名前を聞いたことがあ

 る神様ばかりなのではないでしょうか。



    では、また続きは次回。















  ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「PRIDEの唄」

   の歌詞の一節から拝借しています  



      
窓辺のスキャンダル
   小説家に学ぼう~太宰治 ④


 前回に引き続き、太宰治氏について語ってみようと思います。




   太宰治への誤解と偏見 

 太宰治はよくデカダンスの作家、または破滅型の作家といわ

 れる。あるいは、無頼派の作家として評されたりもする。

 彼の生活が荒れていたことから、伊藤整は「この背徳の人、

 三回か四回にわたる自殺企画者、嘘の名人、懺悔者、イエス

 の真似人」などと言ってもいる。

 現象的にそう見えても、彼の生涯は恋と革命のためという、

 強い反逆精神と反俗精神に裏付けられたものであった。

 たとえば、昭和13年に発表した『姥捨』の中で「私は、やっ

 ぱり歴史的使命ということを考える。自分ひとりの幸福だけ

 では、生きて行けない。私は、歴史的に、悪役を買おうと思っ

 た。ユダの悪が強ければ強いほど、キリストのやさしさの光

 が増す。私は自身を滅亡する人種だと思っていた。私の世界

 観がそう教えたのだ。強烈なアンチテエゼを試みた。滅亡す

 るものの悪をエムファサイズしてみせるほど、次に生まれる

 健康の光のばねも、それだけ強くはねかえって来る、それを

 信じていたのだ」と語っている。

 彼はそれを「反立法としての私の役割」であるという。そし

 て、それが「次に生まれる明朗に少しでも役立てば、それで

 私は、死んでもいいと思っていた」とさえ述べている。

 さて、なぜ太宰は「自身を滅亡する人種」だと思うことになっ

 たのか、あるいはそれを太宰に教えた「私の世界観」とはいっ

 たいどういうものであったのか。

 酒と麻薬におぼれ、自殺未遂や情死未遂を繰り返すなど荒れ

 た生活を振り返った時、とりわけ、水上温泉にて妻の初代と

 カルモチン自殺を企て、未遂。帰京後、初代と離別したとい

 う体験に目を向け、一年半の沈黙の後にそのことを『姥捨』

 という作品にして世に問うた時、彼は自らの存在をその深み

 からすでに相対化しきっていただろう。そして、自己の存在

 の無意味性というものを深いニヒリズムの底で自覚していた

 だろう。

 太宰はこの時すでに「自身を滅亡する」側の人間に自分を数

 えていたのだ。そして、それはまた自分のような人間は滅亡

 しなければならないという意志でこそあったのではないか。

 では、太宰にそれを教えた「私の世界観」とは何を指してい

 るのか。それはまたの機会にでも。






 初代というのは、太宰の最初の妻です。

 とはいえ、実家から結婚を許されなかったため、実際には内

 縁の妻になります。

 青森の弘前で芸妓として働いていた時に高校生であった太宰

 と知り合い、駆け落ちのような形で上京。その後、太宰が薬

 物中毒により治療で病院に入院中に、太宰の義弟と関係をもっ

 てしまい、のちにそれが太宰にばれたため、ふたりで心中し

 ようと水上温泉にて行動を起こしてしまう。

 太宰と別れたあとも彼女は波乱万丈の人生を送ったらしい。

 太宰にとっては裏切られたという点で、自分と同じ匂いの人

 間という感覚が強かったのではないかと思う。

 自分と同じ、滅亡しなければいけない人種。まさに同族意識

 が強かったのではないか。だから、自分たちの過ちを消すた

 めに死を選ぼうとした。実は太宰も入院する前に違う女性と

 心中未遂を起こしている。だからこそ、ふたりで死んでしま

 わなければいけないと感じたのだろう。

 でも、結局はふたりとも生き残り別れてしまうのだけど。

 では、また次回。















 ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「亀の泳ぐ街」

   の歌詞の一節から拝借しています  


愛なき場所はBlue Heaven
   「ペルセポネ」



 春野にて花摘む乙女

 優雅な姿で

 無垢な聖女



 若菜を摘んで髪に挿頭(かざ)し

 光る風の中

 軽やかに舞っている



 陽(ひ)さえも

 彼女の美しさに霞み

 小鳥たちは歌を口遊(くちずさ)む



 黒い目が見ていることも知らずに

 くるくると可憐に



 一陣の風が吹いて

 あっという間に

 花摘み乙女が消える



 恋に落ちた哀れな男に浚(さら)われて

 暗い暗い地下の国へと



 愛する母と離され

 独り淋しく暗闇(やみ)の匣(はこ)の中



 あの日摘んだ若葉も枯れ果てて

 涙を溢(こぼ)しても

 もう天の声は聴こえない



 黒い目の男は妻の哀しみに憂うばかり

 娘を奪われた母は嘆くばかり



 やがて地枯れて

 条約により天と地を駆け巡って

 若葉の乙女は笑顔をようやく取り戻した






 今日の詩のモチーフは、ギリシャ神話から取ってます。

 ペルセポネというのは、冥界の王ハーデスの妻です 

 神話では、彼女が花を摘んでいる時にハーデスが冥界へと

 連れ去って妻にしてしまいます。

 母のデメテルはそれを哀しみます。

 お母さんは穀物、豊穣の女神で哀しみのため大地は枯れ果

 てていってしまう。そこで、ペルセポネを地上へと返そう

 とするが、すでに冥界の食べ物であるザクロを食べていた

 ため地上と冥界を行き来する運命になってしまいます 

 まあ、詳しいことは違う機会に紹介できればと思います。















  ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「BLUE HEAVEN」

   の歌詞の一節から拝借しています  


儚く消えた人の魂
   「壬生狼(みぶろう)の夢」



 駆けゆく狼のように

 時代(とき)を生きた若き男たちよ



 剣に生涯を託し

 仲間と共に誠の中

 剣の先を交じ合わせた者同志

 深き絆と熱き心

 真実の魂を求めて

 生きた剣士たちよ



 時代に馳せた想いは何処(いずこ)

 その激動の中に

 何を見たのだろう



 傷ついた羽を休めて

 今は眠りに



 魂は永遠(とわ)に

 追い求めていった想いを引き継いで



 永遠の蜃気楼の中

 壬生狼が駆ける






 壬生狼とは、新撰組のことを指しています。

 彼らの信じた魂に敬意を。

 夢を追い求めた男たちに敬意を。















  ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「からっぽのブルース」

    の歌詞の一節から拝借しています  


血塗る心理ゾーン 2
   「ブルーアイズ」



 綺麗なブルーアイズ

 あなたの眼は穢れない美しい瞳



 私はずっと探していたの

 だからその眼を下さいな



 眼球を傷つけないように

 優しく優しく刳り抜くから



 まるで吸い込まれそうな

 透き通ったガラス玉

 陽(ひ)に当たると

 よけい輝く魔法の珠(たま)

 夢にまで見た輝き



 逃げてもダメよ

 だって私はずっと

 探していたのだもの

 あなたのようなブルーアイズを



 その両眼を刳り貫いて

 私の宝もの部屋(コレクションルーム)に飾りましょ



 きっと月の光(ひかり)がよく似合う

 冷たい水の中で

 まるで金魚のように揺らめくの



 嬉しいでしょ



 これほどあなたを欲しているものなんていない



 あなたは愛されているの



 だから永遠にこの瓶の中で

 私だけを見つめていて頂戴



 あなたの色

 あなたの視線

 それだけに悦びを感じるわ



 やっと、見つけた・・・





 妖しくできたかなぁ (笑)













  ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「ホリデイ」
   
   の歌詞の一節から拝借しています  


栄光のバッチを胸に
   「アスリート」



 君は熱き魂を見たか

 その煌々しいまでの磨きあげられた精神と情熱

 己に打ち克った者だけが得ることのできる

 最高の喜びと祝福



 頂天に立つ者だけが許される金の冠

 涙もあったろう

 苦しみもあったろう

 なぜにそこまで君を強くさせたのか



 栄輝(えいこう)は一夜の夢非ず

 初心を忘れない者だけが

 真の王者と成るのだ



 君よ

 素晴らしき哉



 観る者を酔わせ

 心を奮わせ

 魅き寄せる



 その太陽のようなパワー

 勇者のような眼差し

 女神のような微笑(ほほえみ)



 熱き心のアスリートよ

 君よ

 永遠で在れ






 すべてのアスリートの方へ敬意を込めて・・・















  ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「ニッポンのヒール」

    の歌詞の一節から拝借しています  


永遠(とわ)の幸せ願い
   「有り難う」



 有る事が難しいからこそ

 「有り難い」



 いつも眼の中に写るものを真摯に受け止め

 感謝したい



 深く真理を見極め明らかに捉え懺悔することを忘れずに

 生きたい



 「現在」(いま)居るこの幸せを愛しく思って懸命に

 祈りたい



 「有り難う」と真心からそう言える人間に

 私は、成りたい















 ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの原由子さんの曲

  「夢をアリガトウ」の歌詞の一節から拝借しています  


胸躍る 大好きな舞台(ステージ)
   有り難う、オリンピック!!


 いや~終わってしまいましたね、オリンピック 

 みなさんはご覧になってましたか?

 私のメインは、柔道とバレーボール  

 母は割と体操が好きで、父は水泳 

 正直、今大会の柔道はパッとしませんでしたね。

 とても残念な結果になりました。その中でも私の一番

 応援していた松本選手が念願の金メダル! 

 感動しました。まあ、欲をいえば、もっと一本! と

 いう柔道で勝ってほしかったけど。

 それにしても、柔道はここ何年前からひじょうにつま

 らない競技へと変わってしまってショック。

 試合を見ていると、それは柔道じゃないだろ、レスリ

 ングじゃん! と思わずつっこみたくなる内容のもの

 が多すぎる。いや、レスリングというのはよく言った

 方かも。もはや取っ組み合いの喧嘩にしか見えないひ

 どい試合もあったりして。柔道としてのクオリティが

 年々下がってしまってるのが、一柔道ファンとしては

 悲しいし、日本人としては情けない。

 最近では外人選手だけでなく、日本の選手にもそれが

 顕著に感じる時があるので、見直しが必要なのではな

 いかと、素人ながら考えてしまう。

 本来、柔道というのはスポーツではない。れっきとし

 た「武道」。武道というのは、礼に始まって礼に終わ

 るものであり、もっと一本というものに拘りをもって

 ほしい。逃げて、いかに審判員に好印象を与え、ポイ

 ントで勝とうという姿勢は、はっきりいって面白くな

 い。日本柔道は、もちろん一本を取ることが基本だけ

 ど、あまりにも慎重しすぎて積極性が見られなかった

 のもちょっと残念だった。

 柔道に続き、私が毎回応援している女子バレー。

 素晴らしかったですね! 最後の韓国戦。

 まず、中国に勝てたのがなにより一番大きかった。

 一番好きな選手は迫田さおりちゃんなんですが、彼女

 が韓国戦で大活躍してくれたのが、最高に嬉しかった 

 見てて、大興奮! 

 正直、大ベテランのセッター、竹下選手が抜けたら、

 恐らくは冬の時代になるだろうと思っていて、そうな

 る前の最後の大きな大会になるのではと危惧していた

 だけに、このメンバーでメダルが取れたことが嬉しい

 ニュース。これから徐々に若返りするだろうから、こ

 れから先、どうなるか分からないけど、背が低くたっ

 て、身体の作りが違くたって、努力や工夫次第でいく

 らでも日本にだってメダルを狙えるチームになれると

 いうことを教えてくれた代表選手たち。女子サッカー

 だけでなく、バレーボールももっと注目されるように

 なってくれるといいな。

 他の競技もすごかったですね。女子サッカーももちろ

 んのこと、水泳やレスリング、アーチェリー、体操。

 どれも感動と興奮を頂きました 

 また、4年後。待ち遠しいですね! 













 ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「Let's try

  again」の歌詞の一節から拝借しています  


汚れた都会の空気
   「大はまぐりを倒せ!」




 天気のいい日は

 気をつけて!



 大はまぐりがやってくるよ



 風の弱い日は

 気をつけて!



 大はまぐりが気を吐くよ



 たちまち世界は霧の中



 見えないものが見えちゃうんだ



 すごいことって感動ばかりしないで



 殺戮だって許されちゃう!

 不正だって罷(まか)り通っちゃう!



 誰でも一緒なんて勘違いは大間違い



 例え話まで事実化してしまう現実

 真実の「ことば」も

 勇気の「こころ」も

 赤く染めあげられちゃう



 大はまぐりの毒は強大で

 甘い甘い匂いだから

 みんな呑み込まれちゃうんだ



 退治してくれる勇者を待っていたんじゃ

 死に絶えちゃう

 毒が浸透して

 身体(からだ)が麻痺しちゃう



 だから

 暗闇(やみ)を壊す勇気をもって

 暗黒(やみ)に立ち向かう勇気をもって



 みんなが自立すれば

 その大いなるパワーで

 大はまぐりは窒息するから



 見てるだけじゃ伝わらない

 勇気という「武器」をもって



 大はまぐりの幻想

 世界を殴り倒そうじゃないの!





 ギャグのように見えるかと思いますが (笑)

 私的には、風刺のつもりです。

 はまぐりは毒を吐くそうです。中国のことわざからヒントを

 得て、作りました。















  ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「私の世紀末カルテ」

   の歌詞の一節から拝借しています  


君が落とした涙の魔法
   「スノードロップ




 ふたりには何もない

 この、果てしなく降り続く

 雪の中にぽつりと



 何を糧に生きてゆけばよいのか

 ただ、途方に暮れるばかり



 陽は昇るというのか

 どんよりと心を映したような空に



 君が流した哀しみの涙が

 雪の結晶に落ちる



 たちまち輝きだして

 美しく光る雪の花



 ぼくらの手にそっと包み

 優しく口づけ落とし

 希(のぞ)みを託そう



 「きっと、春は来る」





 花言葉シリーズの詩です。

 今日の花は、「スノードロップ」 

 1月1日の誕生花です。

    



   スノードロップ

 白くて可愛らしい花です。

 花言葉は、「希望」

 アダムとイブが楽園から追放された時、吹雪となり、ふたりが

 凍えていると、天使が現れ「春が近いよ」と囁いたといいます。

 すると雪の下から可憐な花が一輪。それがスノードロップだと

 いうそうです。

 ちなみに名前の由来は、雪の耳飾り。イギリスでは、聖母の小

 ロウソクと呼ばれているそうです 

 そうそう! この花をこの日生まれの人にプレゼントすると、

 「あなたの死をみたい」という意味になるそうなので贈らない

 ように注意して下さいね。

 余計な補足として、私の大好きな役所広司さんの誕生日もこの

 日だったりします 















   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの原由子さんの曲

   「春待ちロマン」の歌詞の一節から拝借しています  


人間(ひと)としてあるがままでいたい
   「呼吸」




 じたばた

 君は小さい水槽の中で

 もがいている



 そうさ

 上手く空気が吸えないのさ



 何が苦しいというの?

 身を任せて生きることの

 何が哀しいというの?



 たとえ

 向かう将来(さき)に何も無くたって

 自由なんだから

 いいじゃない



 それでも

 小さな箱庭(はこ)の中だけど

 生きているんだから

 いいじゃない



 同じ色

 同じ動作(うごき)

 同じ生命体(いのち)



 抗ったって

 変化(かわ)ることはないのに



 何を変化ようとしているの



 こんな小さな宇宙(せかい)の中

 ただ呼吸だけしていれば

 いいじゃない




 じたばたもがいたって、本当の自分を探したい。

 かっこ悪くたって、たとえ傷ついたとしても真実を知りたい。

 そうして自分に正直に生きることができたなら、と思います。















   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「GIMME SO ME

    LOVIN'~生命果てるまで~」の歌詞の一節から拝借しています





 
夢見るたびせつない気分
   「海棠の君」




 その横顔美しく

 ひっそりと佇む

 麗しの君よ



 誰を想って俯いているのか

 湖に投げ入れられた小石が

 波紋を作るように

 ぼくの胸は渦巻く



 瞼にのせた可憐な涙は

 地に落ちることもなく

 風に舞い散る



 花のようにたおやかなる君よ

 その瞳にぼくを映して

 微笑みかけておくれ





 う~ん。。。

 やっぱり恋の詩は苦手かも (笑)

 全然、情感籠ってないし・・・

 切なさも中途半端だし・・・

 一応、花の海棠を思い浮かべて書いたものです。















   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「BLUE HEAVEN」

    の歌詞の一節から拝借しています  


暗闇が目の前に迫り来る
   「蟻地獄」




 渦巻く欲望

 合わなくなった歯車



 音をたてて
 
 崩れてゆく信頼



 心とこころが軋み合い

 波紋を生んでゆく



 猜疑心の塊と成し

 あらゆるものを

 奪い去ってゆく



 この往く宛のない

 感情はどこへ



 一度嵌まった蟻地獄は

 永遠に果てることなく

 続いてゆく



 憎悪の眼に

 打ち拉(ひし)がれ

 背を丸めながら

 ずぶずぶと



 手を伸ばしても

 叫びを上げても

 ここには誰も居ない



 誰も居ない





 蟻地獄という闇の中に埋もれないように

 気をつけましょう。















   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「グッバイ・

    ワルツ」の歌詞の一節から拝借しています  


まだ人生にゃ未練がいっぱい
   チャレンジしたいこと。



 やりたいことはたくさんある。

 たとえば、水彩画 

 とはいっても色んな種類があると思う。

 私が惹かれているのは、スケッチ感覚の簡単な水彩画。

 水彩色鉛筆でもいいんだけど 

 線画の上にざっと色を載せてゆく絵が好き。

 色んな公園や山や寺院とかに行ってスケッチしてみたい。

 旅先とかでサラッと描くのも楽しそう。

 あと料理とかスイーツとか  

 それから、押し花 

 額に入れたり、カードにしてみたり。本とか見るとすご

 く凝っていて綺麗な作品ばかりだから密かに教室に通っ

 てみたいなと思ってるんだよね。

 それから、ブリザードフラワー 

 生花もいいんだけど、あえてブリザードで。

 スイーツ・デコとかも面白そう。

 って、あとからあとからやってみたいことがわんさか (笑)

 その内ヨガとかにも挑戦してみたい 

 健康にもなれそうだし、ダイエットにもなりそうだし。

 あ~やりたいことがいっぱいだ (笑)

 でも、この中で一番やりたいのは水彩画かな・・・

 お金に余裕ができたら教室を探してみよーっと!















   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「銀河の星屑」

    の歌詞の一節から拝借しています  


生きるは寂しさを知るためか
   お遍路終えて



    ※すみません・・・まだ過去の日記編です。

     大学生の時行った四国遍路の想い出です。






 無事にお参りも済み、東京の我が家へ(当時は東京に住んでいた)。

 両親に旅の土産話など聞かせて。まだ四国の余韻が漂った中、私は

 心を改めた。

 よし!明日から頑張ろう!!  

 無駄ともいえる日々を過ごしてしまって後悔。

 でも、きっと私にはその毎日が必要だったのだろう・・・。

 でなければ、今回お遍路に再び行かれなかったろうし、安楽寺でバ

 イトをしたいなんて思いもしなかった。中学に入学してからおよそ、

 6年間。私は四国へは行けなかった。幼い頃周った遍路の思い出を

 引っ張り出して周ってきた遍路旅。

 充実した中に、新たに頑張っていこうという活力を得られた。色彩

 を欠いてしまったなら、新たに色を付けていけばいいじゃないか。

 真新しいキャンパスに絵の具で色を塗っていけばいい。高校生から

 抜け出せ切れずにいた自分にケジメをつけて、新しい一歩を踏み出

 していかなければ。私はようやくそこまで己の心を整理することが

 できた。お遍路で本当に大切なことを学んだ。いや、気付かせても

 らえた。人間は新しいことに踏み出そうとする時、何かしらのきっ

 かけと少しばかりの勇気が必要だ。

 それまで慣れ親しんだ環境が居心地良くて、離れたくないと思うこ

 とほど、別れは辛い。悲しい。でも、いつまでも思いを引き摺って

 いては成長できない。

 「卒業」----私はお遍路によって、本当の卒業ができた気がした。





                つづく






 大学生の時、本当に無気力で。

 何に対してもやる気が出ないというか、ダルイというか。

 中学・高校が一貫だったので、仲の良かった友人や先生

 たちと離れてしまったことが自分の中で堪えていたのだ

 と思う。

 人は慣れた場所から離れる時、なかなか心と体がうまく

 前を向いてくれないことってあるけど、私の場合は特に

 それが顕著だったのだろう。

 お遍路の過去日記はひとまずこれで終了です。

 このあと、夏に行った安楽寺でのバイト生活については

 またの機会に記事にしようと思います 















   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「グッバイ・

    ワルツ」の歌詞の一節から拝借しています  




蘇れもう一度
   1日目を終えて・・・




    ※いまだ過去日記です。ご注意下さい。

     とお~いとお~い、過去 (笑)







 その日、お参りを終えて私たちが宿泊する所は6番札所・

 安楽寺。昼間会った執事のヤスさんに改めてご挨拶して、

 若住職(現住職。この時はまだ若だった)や、若住職のお

 母さんにご挨拶をして、お茶をご馳走になって。とても、

 和やかな雰囲気のお寺だなあと思った。

 連休明けとはいっても、まだまだお遍路シーズン。

 私たちの他にも沢山の宿泊客で安楽寺は賑やか。

 みんな、とても忙しそうに動いている。

 夏も忙しいのかな・・・?

 夕飯が終わったあとお勤め。本堂に移動。故住職は高齢な

 ため、若住職がお勤めを。経が終わったあとはお話。若住

 職のお話は結構長いことで有名(笑)

 うちの父も一度話し始めたら止まることを知らない人だか

 ら、う~ん、お坊さんって、みんな同じなのかな、と思った(笑)

 食事後のお勤めなだけに、多少なりともお酒の入っている人

 が多く、周りを盗み見ると、コクン、コクンと首を振ってる

 人がチラリ、ホラリ。

 私もMさんもしたたかに飲んでいたので、いい気分(笑)

 もちろん、だからといって寝たりとかそんなことはしないで

 すよ、本当。お話が終わったら、大浴場へ。

 大きなお風呂。ゆったりと浸かって、足の疲れを癒して。

 酔いも手伝って、ほこほこいい気分♪

 無事に一日目を終えて・・・とにかく四国に来て良かった、

 と。連日やる気をおきなかったどうしようもない不安定さが

 消えて、とても充実している。生きているということが幸せ

 だなあと感じる。気持ちよく送り出してくれた両親に、連れ

 てきてくれたMさんに、大らかな安楽寺のみなさんに、総てに

 感謝を。



             つづく






 大学生の頃の憂鬱。

 今も覚えています。なにかを喪ってしまったかのような、

 なんともいえない喪失感。

 それがこの時のお遍路で前に進んでゆこうという姿勢に

 導いてくれました。

 私にとっては手を合わせるという事は一生縁のあること

 なのだろうなぁと思う。

 思えば、私という人間が寺の子として生まれてきたのも

 必然だったのかも。















   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「銀河の星屑」

    の歌詞の一節から拝借しています  




故意か偶然か
   偶然か、必然か




   ※前回に引き続き、過去の日記です。

    大学生の時に行ったお遍路話です。







 この時、久し振りに大先達でもある浜ちゃんと会った。少し前

 に大病した浜ちゃんは、見事に回復していて、とてもお元気そ

 うで安心したのを覚えている。私はMさんと同じ車で、もちろん

 浜ちゃんの運転。今回のお参りは、1番霊山寺からスタート。

 予定では半分は周る。今はどこまで行ったかうろ覚えだけど(笑)

 どこのお寺だったか・・・。本堂に向かって歩いていくと、

 大きな声で御詠歌が聞こえてきた。境内に入っていくと、10

 人前後の団体がゴロゴロとした石の上に正座していた。

 先頭では黒い衣をまとったお坊さん。御詠歌が終わり、お

 経になった。私たちは、ゆっくりとお線香や蝋燭、お賽銭、

 札を納めながら、終わるのを待った。こういう時、余程急

 いでいたり、沢山の団体がいなかったりしたら、大抵はあ

 る程度邪魔にならないくらいまでは遠慮する。暗黙の了解

 というのだろうか・・・。お互いに敬意をはらったお参り

 の仕方。

 さて、私たちの番と思った時、「あっ!」  

 なんと先頭で先達していたお坊さんは、安楽寺の執事でも

 あるヤスさんだった!!

 これにはビックリ☆

 まさか、お参りの最中にこうして出会えるなんて思いもし

 なかった。それは向こうも同じだったらしく、とても驚い

 ていた。どうやら、安楽寺で募った遍路の団体らしく、そ

 の中にはヤスさんの奥さんもいた。

 夏行く前にお目見えできて良かった。それにしても不思議

 な縁だなあ・・・。ヤスさんは、体も大きくて豪快な人。

 私も小さい頃会ってはいるけど、なにしろあんまり覚えて

 いなかったので、改めてその豪快さに驚いた(笑) 

 優しく笑ってくれて、握手までしてもらったのを昨日のこ

 とのように覚えている。懐の大きそうな、いい人だな。初

 見でそう思った。今は訳あって、安楽寺にはいない。ここ

 何年かお会いしてないので、元気にしてるかなあ・・・、

 会いたいなあ・・・と思う。

 偶然なのか、必然なのか・・・。まさにお寺の中で出会え

 たということは、仏さまが引き合わせてくれた、謂わば仏縁。

 お大師さまは、私が安楽寺に行くことをゆるしてくれている、

 そう思った。まるで、間にたって仲介してくれたような、粋

 な計らい。逆に言えば、間違いなく私はバイトに行かなけれ

 ばいけない(笑) 私の迷いも不安も総て払拭された出来事

 だった。




                    つづく






 このヤスさんという安楽寺の執事だったお坊さんは今はも

 ういません。どこでどのような生活をしているのかも分か

 らない。父のように慕っていただけにそれが悲しい。

 お参り中に会えるなんんて、こんな偶然があるものなんだ

 なぁ!と感激したことを今でも覚えてます。

 こういうのを仏縁というのでしょうね。















   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「銀河の星屑」

    の歌詞の一節から拝借しています  


私をこの地へ誘う
   遍路に行こう!


   ※前回からの続きです。過去の話なのでご注意下さい。






 元々、徳風会の本拠地は和歌山。それはもう、当時(だいたい

 20年ほど前)は、大型バス何台も連なってお参りに来るよう

 な団体だったらしい。今では数は減ったものの、だいたいバス

 で4,50人くらいらしい。その大元の和歌山徳風会から、M

 さんの母親であった初さんが東京徳風会を発足し、新たに団体

 を作ったのが、この時私が参加した徳風会だった。娘のMさん

 は母親であった初さんの意思を引き継ぎ、先達として沢山の人

 たちを引き連れていた。その頃、父も母も忙しく、また金銭的

 にも家族みんなで行くことが適わないことが続いていたので、

 せっかくだから、と私一人だけを連れて行ってもらうことに

 なった。季節は5月。連休明けの麗らかな春。私を含めて確

 か17,8人だったかと思う。結構多い。バスではなくタク

 シーで周るということで、3人か4人に分かれて車に乗り込

 むスタイルだった。

 朝、羽田飛行場に着くと、ワラワラと白い白衣を着た人たち

 が集まってきた。ほとんどが初対面ということで緊張。

 やっぱり、私以外はおばあちゃんといっても過言ではない方

 たちばかり。それでもこうやって、団体でお参りに参加する

 ぐらいだから、足腰は丈夫な人たちだった。でも、やはり中

 には傍にいないとちょっと心配だなあと思う人もいた。

 私はその時19歳だから、もちろん一番若いわけで(笑)、

 だからこそ動かなければいけないと思い、Mさんに従ってご奉

 仕した。今回行けることになったのもMさんのお陰なわけだし、

 少しでも役に立ちたい。幾ら若いとはいえ、Mさんも50代半ば。

 こんだけ人数もいて、4泊5日一緒に行動を共にしなければい

 けないとなると心労も溜まるだろう。剣道部で培ってきたお陰

 か(笑)、言われる前に動くことは常だったので苦もない。

 寧ろそういうことに縁遠くなってしまったがために無気力にま

 でなってしまったのだから自分の中ではひじょうに嬉しかった。

 やっぱり、私はこうやって動き回るのが好きなんだなあとつく

 づく思い知った。荷物を持ってあげたり、荷物を纏めたり。

 指示されて動くのが好きなのだ。

 しかも、こういうことはさりげなくが基本。決して目立たず、

 ひっそりと。多分にそれを美徳と思っている節が私にはある

 ようで、昔からそうだった。徳島に到着して、実際にその地

 に降り立ってみると、ようやく四国に来たんだという気になっ

 てきた。

 ああ。四国だ!!

 久し振りの四国だ!

 町並みも雰囲気も空気さえもが東京と違って見える(笑) 

 それだけ恋しく思っていたのだろう。

 ひしひしと感じた。本当は自分がこんなにまでも、この四国

 に来たかったのかを悟った。



                    つづく






 また過去日記です。

 お遍路に久しぶりに行った大学生の頃の記憶です。











   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「古の風吹く杜」

    の歌詞の一節から拝借してます 



なくした夢をさがしに
   無気力から脱出を



 皆さんはお寺でバイトしたことありますか?まあ、普通は余程

 縁がない限り、ないですよね。例えば家が寺だとか、その関係

 者が身内にあるとか・・・。

 私も恐らく父が僧侶でなければ、四国遍路なんて知らないでい

 たろうし、中学受験でまず、仏教校を選ばなかったろうと思う。

 父がお坊さんという立場であったからこそ、私は今までその仏

 縁でここまで生かされてきたのだと思う。

 それだけ、人生振り返ってみると、私と仏教とは縁が深く、切っ

 ても切れないえにしを感じる。  

 私が大学2年生、当時19歳の時。四国霊場第6番安楽寺で1ヶ

 月間バイトをしていたことがある。動機というか、きっかけは

 その時抱いていた色々な思いが発端。

 私は、中学・高校と忙しい毎日を楽しく過ごしていた。一体ど

 こが気に入られるのか分からないが、先生たちから信頼され、

 色んなことを頼まれたり、クラスの委員長に抜擢されるのは

 ほとんど常で、所属していた剣道部でもマネージャーという

 ほぼ副長の立場でいたし、周りの友達が個性的で色んな事件

 あるいは問題を起こす度に関与して解決してきたり、と。

 結構日々多忙で、思わず自分のことは後回し、なんてことが

 しょっちゅうだった。私は弱い人間だから、そうした中で頼

 りにされたり、信頼をおかれたりすると、自己存在を認めら

 れたと思い、懸命になれる。価値を見出され、必要とされ、

 中心という立場におかれることが、私の生きる糧となり、励

 みとなり、そうして誇りに感じられた。

 それは、実に危うい、浅はかな感情だと思う。頼られる、信

 頼される、ということに自己満足し、陶酔していたにすぎな

 い。どこかで自分を見失っていたのかもしれない。

 自分は弱い。とても、弱い。

 だから、大学生となって、そういうことから無縁となった時、

 ぽっかりと、まるで心臓に穴が空いてしまったかのような虚

 無感に苛まれた。無機質・無気力・喪失感。学校行事もない。

 親密になれる信頼する先生も個人的にできない。そんな普遍

 的な生活になった時、今までの生活がただ懐かしくて。

 単調すぎる毎日に希望も楽しさも見出せず、総てにやる気と

 いうものがおきなかった。不思議に今まで何事にも真面目に

 取り組んできたというのに。一度たりとも学校をサボったこ

 となどなかったのに。

 何度も学校を休んだり、ただぼんやりしたり。とにかく無気

 力の塊。

 そんな時、父の昔の知り合いがうちによくお参りにくるよう

 になり、その人が先達としてやっている徳風会に、一緒にお

 遍路に行かないかと誘われた。   

 そうだ、お遍路行きたいな・・・。

 そう思い、徳風会に参加することにした。もう10歳の時か

 らお参りはしているが、途中何年か行ってなかったので、む

 しょうに四国が恋しく感じた。私はその時初めて父や、その

 先達のMさんに胸の内を吐露した。

 何事にもやる気が起きないこと。頼られたり、任されたり、

 相談されたりが常だった日常から平凡な毎日に移ったせいで、

 自分に活力が出ないこと。

 素直に話した。その時Mさんが、ならお寺でバイトをしてみ

 たらと提案してくれたのだ。

 それが安楽寺。Mさんが懇意にしているお寺なので、口聞きを

 してくれることになった。すぐに、先方から了承の言葉を頂

 き、早速夏休みを利用して行くことになった。

 その前に徳風会としてお参りを一緒に行くことにした。




                     次回へつづく















 ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの原由子さんの曲

  「Anneの街」の歌詞の一節から拝借しています  






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古刹(おてら)の鐘鳴る谷戸
   私の3点セット


 うちは真言宗の寺なんですけど、私にもお参りするセットが

 あります。

 3点セットとは、数珠と経本と袈裟です。




   moblog_6a52f6ad.jpg

 写真分かりづらいですけど。

 これ、紫水晶なんです。

 紫水晶=アメジストということで、両親に買ってもらった

 ものです。

 私は2月生まれなので、誕生石がアメジストだからその石の

 もののご念珠が欲しいと思っていたところ、高野山にお参

 りに行った際に見つけて買ってもらいました。




   moblog_fb0a7c2e.jpg

 これはうちの寺、徳厳寺のオリジナルで作った数珠です。

 石は赤メノウ。

 どこがオリジナルかというと、写真じゃ分からないのが残

 念ですが、珠に「徳厳寺」の文字、そしてあの小さな珠に

 般若心経が書かれているんです。




   moblog_8556f29a.jpg

 これは水晶の数珠。

 私が中学生の時、誕生日で両親からプレゼントされたもの

 です。思春期の娘の誕生日にご念珠をプレゼントする親と

 いうのも珍しい (笑)

 まあ、喜んだ冬灯ですがね (笑)





   moblog_110e67a8.jpg

 これは幸運の石といわれているラピスラズリの数珠。

 あんまりにも珍しく、綺麗だったので欲しいなぁと思って

 いたら、親しくしていた方が買ってくれました。

 これも確か高野山だったかと。



   moblog_019290bf.jpg

 これはお経本。

 私が10歳くらいの時、父の先輩のお坊さんから頂いたもの

 です。だからもう古い。



   moblog_47a44fa1.jpg

 右上に一文字、「贈」と書いてあります。この字はその先

 輩である先生が書いてくれたもので、かなり達筆 

 その下に書いてあるのが、先生の名前。

 真鑑という名前を当時は使ってました。今はほうえいとい

 う名前らしい。らしいというのは、色々あってもうお付き

 合いがないので人から聞いた話なのです。

 左に書かれた名前は、実は私の本名だったりします。

 ええ。星月冬灯はブログでの名前です。

 まあ、分かるか (笑)

 頂いて以来、大事にこの経本だけを使っています。

 だから、もうボロボロ。手あかやらシミやらでとても汚い

 けど、大事にしてます。
 
 自分が死んだら、お棺に入れてほしいと思うひとつです 





   moblog_daea2f74.jpg

 この袈裟も我が寺のオリジナルです。

 深い碧色。




   moblog_5b24f280.jpg

 この袋は数珠や袈裟などを入れるためのものです。

 綺麗な色なので気に入ってます。

 藤色というのかな? 淡い紫の色。



   moblog_852cd0e7.jpg

 閉じるとこんな感じ。















   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「古の風吹く

    杜」の歌詞の一節から拝借してます 


窓ガラスに映した抜け殻
   弟の部屋で



 りんちゃんの寝姿写真集 



   moblog_1b207062.jpg

 うとうと顔が愛しい 




   moblog_f86acaa0.jpg



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   moblog_a0a1bbb2.jpg

 あー。気持ちよさそう。




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 寝起きのアンニュイ顔も素敵 





    ※りんはもういません 













   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「LONELY

    WOMAN」の歌詞の一節から拝借してます 


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