月の木漏れ陽亭
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希望を胸に歩き出す
   新撰組⑥~ 土方 歳三を語りたい!



 久しぶりに更新 




  武者修行 

 剣術修行するという目標が見つかったものの、農民の子である

 歳三としては、やはり家業の農作業を手伝わなければいけなかっ

 た。しかし、歳三はどうしてもそれが嫌でなんとかして免れた

 いと考えていた。そこで家伝の薬の販売をすることに思いたつ。

 土方家では、「石田散薬」という薬を副業として製造販売して

 おり、これを売り歩く代わりに農作業を免除してもらおうと考

 えたのだ。

 この薬は、骨つぎ、打ち身、捻挫などに効く飲み薬で、1日一

 包みを酒と一緒に飲むとたちどころに治るといわれていた。原

 料は近くの浅川の河原に生えている牛額草(ぎゅうがくそう)

 という草で、土用の丑の日に採集し天日に干して、黒焼きにし

 て粉末状にしたものだった。効能は、正直現代から見れば妖し

 いものだが、土方家ではこれを家伝薬としていた。兄・喜六も

 売り歩くことに賛成し、歳三は農作業を免れることになった。

 許しを得た歳三は、石田散薬をつづらに入れて背負い、その頃

 土方家に出入りしていた近所の酒屋のじいさんを供に連れて行

 商に出た。行商といっても飛び込み営業ばかりというものでも

 なく、甲府や伊勢原、川越方面などに得意先もあり、歳三はそ

 れらを一軒一軒歩いて回った。

 ただし、売り歩くだけではなく、つづらの上にはいつも必ず剣

 術道具を一式くくりつけて、行く先々に剣術道場を見つけては

 飛び込んで他流試合を申し込んでいた。





 本日はここまでです。

 まるで道場破りのような真似事をしていたんですね 

 あまり歳三のことを知らない人は、近藤の道場に居たと思って

 るようですが、彼の道場に出入りするのはもう少し後になりま

 す。こうして、色んな道場で自分の腕を試しながら剣術勉強を

 していたので、型はどうしても荒かっただろうと推察できます。

 まさに武者修行ですね 


    では、またの機会に。















   ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「明日への

    マーチ」の歌詞の一節から拝借しています  


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COMMENT

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スカイ | URL | 2012-07-31-Tue 14:05 [EDIT]
こんにちは、初めまして。

土方歳三、中学の修学旅行で五稜郭にいってから、興味を持つようになりました。
ある時は、一日中調べていたり。

次回も楽しみにしています。
スカイさんへ
星月冬灯(ほしづき とうか) | URL | 2012-07-31-Tue 16:23 [EDIT]
> こんにちは、初めまして。

こんにちは。コメント有り難うございます^^

>
> 土方歳三、中学の修学旅行で五稜郭にいってから、興味を持つようになりました。
> ある時は、一日中調べていたり。

修学旅行、北海道だったんですね~。
土方さんに興味持ってくれて、仲間ができて嬉しいですww

>
> 次回も楽しみにしています。

有り難うございます^^
よかったらまた次回、覗いて下さい♪

まり姫 | URL | 2012-07-31-Tue 16:57 [EDIT]
冬灯さんこんにちは~~♪
土方歳三と聞いては黙っていられません(。^p〇q^。)プッ
私のライフワークみたいなものっていうのは大げさだけど、例の石田散薬は現在も土方記念館にありますよね~
土方歳三が天然理心流の免許をもらえなかったのは、この時期の他流派との試合で我流がしみついてしまい、近藤周助が許さなかったといいます。
ちなみに佐藤道場で一緒に稽古をしていた井上源三郎は免許をもらっていますよ。
ただ、幕末江戸剣客列伝にはしっかり土方歳三の名前が入ってますから、道場剣法ではからっきしでも実戦ではやはり強かったのでしょう(笑)

余談
会津中将松平容保の御前稽古(文久三年四月十六日)では土方歳三の相手は藤堂平助だったということが、土方歳三日記で判明しています∬´ー`∬ウフ♪

GAL&DO | URL | 2012-07-31-Tue 17:58 [EDIT]
初コメ失礼します^^ノ

土方歳三の生家が日野市石田にありますが

石田散薬の名前と地名、どちらが先だったんでしょうね?

失礼しました~
まり姫さんへ
星月冬灯(ほしづき とうか) | URL | 2012-07-31-Tue 22:54 [EDIT]
> 冬灯さんこんにちは~~♪

こんにちは。
コメント有り難うございます^^

> 土方歳三と聞いては黙っていられません(。^p〇q^。)プッ
> 私のライフワークみたいなものっていうのは大げさだけど、例の石田散薬は現在も土方記念館にありますよね~
> 土方歳三が天然理心流の免許をもらえなかったのは、この時期の他流派との試合で我流がしみついてしまい、近藤周助が許さなかったといいます。
> ちなみに佐藤道場で一緒に稽古をしていた井上源三郎は免許をもらっていますよ。
> ただ、幕末江戸剣客列伝にはしっかり土方歳三の名前が入ってますから、道場剣法ではからっきしでも実戦ではやはり強かったのでしょう(笑)
>
> 余談
> 会津中将松平容保の御前稽古(文久三年四月十六日)では土方歳三の相手は藤堂平助だったということが、土方歳三日記で判明しています∬´ー`∬ウフ♪


さすが、まり姫さんですね♪
本当なら会ってたくさん土方さんについて語り合いたいところですww
GAL&DOさんへ
星月冬灯(ほしづき とうか) | URL | 2012-07-31-Tue 22:58 [EDIT]
> 初コメ失礼します^^ノ

コメント有り難うございます。
ようこそ、いらっしゃいませ^^

>
> 土方歳三の生家が日野市石田にありますが
>
> 石田散薬の名前と地名、どちらが先だったんでしょうね?
>
> 失礼しました~

おお~!面白い発想ですね。
どっちが先なのでしょうね。
昔の名前とかはよく地名からとってたりすることが多いようなので、
やっぱり地名が先のような気もしますが・・・
実際には調べてみないと分からないですね^^
でも土方家も結構古い家柄のようです。

また私もお邪魔させて頂きますね。

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