月の木漏れ陽亭
いらっしゃいませ☆  リニューアル!詩作やら日記がメインです。趣味や日々のあれこれを語っています☆  みなさま、どうぞごゆっくりとしていって下さいませww
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
夢の中身は風まかせ
   歴史はミステリー ②~検証ファイル・聖徳太子編


 
 すっかりと中途半端に投げ出していたファイルです (笑)

 私の意思が続く限りは頑張っていこうかと思います (笑)





 では、前回に引き続き通説と検証を比較しながら、なるべ

 く解りやすく書いてみます。


  「冠位十二階、憲法十七条は太子が制定したのか? 」


  mokuba 通説 mokuba

 日本で初めて女帝の座に就いた推古天皇は、摂政の聖徳

 太子、大臣(おおきみ)の蘇我馬子を従え、トロイカ体制で

 政治を行ったと言われている。推古天皇の治世は36年に及

 んだとされるが、実際には太子と馬子の二人が政治をし、天

 皇は不執政の立場にいた。

 特にこの時代、太子の功績は大きく、冠位十二階と憲法十七

 条の制定は、国家としての基礎を築いた偉業である。冠位十

 二階とは、官吏の位階を冠によって明らかにした制度で、朝廷

 内の序列を明確化すると同時に、能力本位の人材登用の道を

 図るものである。これによってそれまでの豪族中心の世襲制に

 よる人材の偏りを是正し、優れた官僚を天皇の周辺に集めた。

 憲法十七条は日本初の成文書で、「君は天、臣は地」とするよ

 うに天皇を中心とした秩序の回復を目的としたものだ。内容は、

 法律というよりも、「和を以て貴しと為す」などの内容に見られる

 ように道徳を重んじ、豪族同士の争いを避け、国家官僚としての

 服務規程を徹底させるなど、豪族としての心構えを諭すもので

 ある。


 ペロペロキャンディー 検証 ペロペロキャンディー

 603年に設けられ、647年まで続いたとされている冠位十二階は

 長らく聖徳太子の独創によるものと伝えられてきた。しかし、根拠

 となる「日本書紀」には、「はじめて冠位を諸臣に賜ふ」と記してあ

 るだけで、太子が作ったとは書かれていない。また、近年では、

 高句麗の官位制に倣ったものであることが通説となっており、聖徳

 太子の独創によるものではないという見方になっている。

 さらに、冠位十二階は蘇我一族だけには通用されなかった。世襲を

 排する目的のはずが、643年には蘇我蝦夷(えみし)が子の入鹿に、

 紫冠を与えているのだ。こうした事実から冠位十二階は太子が制定

 したと見るより、馬子がつくったと考える方が妥当ではないかと考え

 られている。

 604年に制定されたという憲法十七条は、「日本書紀」に「皇太子、

 みずからはじめて憲法十七条を作りたもう」と記されているが、この

 記述にもいくつかの疑問が挙がっている。最大のものは、第十二条

 に記された「国司、国造・・・」という記述である。「国司」という官名は

 701年の大宝律令以後のものだという説が、歴史的にほぼ支持され

 ているからである。

 また、憲法全体には中国の儒教、仏教の影響が強く見られ、「詩経」

 「論語」「孟子」「墨子」「荘子」「韓非子」「史記」「漢書」「文選」など、

 当時の中国古典に記された用語が多用されている。この学識の高さ

 こそ、聖徳太子ならではという説もあるが、その一方でいかに太子と

 いえども儒教や仏教などの高説を理解し、中国の古典にこれほどま

 で通じていたとは思えないという主張も強い。

 

   さて、真実や如何に?

   でも、私はあえて言いたい。聖徳太子は頭の切れる人物だったと。

   冠位十二階は、蘇我馬子が作り出したものだったとしても、憲法は

   太子が中国の文書、仏教、儒教から学び、取り入れたのだと思う。

   まったくの一人ではなく、それなりに協力者はいたのではないかと

   思う。たとえば、中国から来た学者なり僧なり。太子が自ら考案した

   とは考えられないけれど、そういう形であれば作れたのではないかと

   思うのだけれど。


        長いので、またしてもここで区切ります。さて、次はいつ書け

        ることやら (笑)

        では、③へ続く~~


  ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「エロティカ・セブン」の

     歌詞の一節から拝借しています  絵文字名を入力してください


 

 にほんブログ村 ポエムブログへにほんブログ村 ポエムブログ 切ない詩へ にほんブログ村 ポエムブログ 悲哀詩へ
 にほんブログ村 ポエムブログ 吟遊詩人へ ブログランキング・にほんブログ村へ 
人気ブログランキングへ  ←ポチッとよろしくね 絵文字名を入力してください

スポンサーサイト

COMMENT

 管理者にだけ表示を許可する
NO TITLE
かめとと | URL | 2008-10-09-Thu 23:21 [EDIT]
ふむ…

昔、授業で習ったこととは異なる説がいろいろ出てきますね。

1400年もの昔の話ですから、
現代に生きる我々が真実を知るのがいかに難しいか、
次々に新しい説が出ることからもうかがえます。
これも歴史ロマンと言えるのでしょうね。

現代日本が、未来の人々に
「つまらない時代だったんだな」
などと思われなければいいんですが…
なるほど
じぞう | URL | 2008-10-10-Fri 00:04 [EDIT]
聖徳太子・・・
しばらくぶりでしたね。
よくよく考えてみるに、今の政界も結局は世襲だし、
偉いもんが、はばを利かせるのが、いまでも常識となっているような有様
憲法って言うと、やはり今のイメージで言うと法律ですよね。
でも???この時代の法と言えば、太子は仏教を持ち込んだ人だから、
太子の言う法とは、仏法の法なんでしょうね?
そしてその仏法の法とは、
簡単に言えば、人の持つ道徳心から成るものではないでしょうか?
コメント有り難うございます。
信長とは、その位人を熱くする人なのでしょう。
今の時代に生きて欲しかった人ですね?

TRACK BACK
TB*URL
Copyright © 2005 月の木漏れ陽亭. all rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。