月の木漏れ陽亭
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まちがいだらけの妄想タイプ 2
   歴史はミステリー ④~検証ファイル・聖徳太子編


 通説と検証で綴っている歴史ミステリー、続きです。

 いったい、この聖徳太子編、いつ終わるんだろっ (汗)







   「法隆寺を創建したのは太子だったのか? 」


 通説

  605年、聖徳太子は飛鳥から斑鳩宮(いかるがのみや)に居を

  移し、蘇我馬子と距離を置きながら政務を行うようになった。

  斑鳩宮とは、太子が601年に造営した宮殿のこと。この直後から

  太子は法隆寺の前身となる斑鳩寺の建立に着手したと伝えられ

  ている。

  607年に完成した斑鳩寺は、670年に焼失してしまうが、711年に

  法隆寺西院として再建され、後に東院が建てられ、現在知られて

  いる法隆寺が完成した。また太子は、615年「三経義疏(さんぎょう

  ぎしょ)」を著している。



 検証

  法隆寺は太子の仏教への帰依を象徴する建造物として知られて

  いるが、「日本書紀」には太子が法隆寺を創建したという記述はない。

  太子と法隆寺を結ぶ有力な史料とされているのは、創建の由来が記

  された法隆寺金堂薬師像の光背銘である。ところが、1900年代になっ

  てからの研究や調査によって、その信憑性が問われるようになった。

  近年では、光背銘が記されたのは607年よりずっと後(奈良時代)だと

  する説が主流になっている。

  その根拠は、銘文の文体や書体が後世のものである、推古朝になかっ

  た「天皇」という名称が使われている、太子が「聖王」と呼ばれたのは

  没後であるが銘文にその記述が見られる、薬師像そのものの造像形

  式は623年以降のものである、薬師信仰は推古朝では栄えていなかっ

  た、などである。また斑鳩寺と法隆寺は同じ寺だったのか、という根本

  的な疑問もある。「日本書紀」には、「天智天皇8年冬、斑鳩寺に災(ひ

  つ)けり」「天智天皇9年4月30日、法隆寺に災けり」と記されているが、

  同じ寺が立て続けに火災にあったのであれば、その名称を違えて記述

  するのは不自然だという指摘である。

  それでは、太子が著したという「三経義疏」はどうだろうか。実はこの書

  にも多くの疑問がある。中でも決定的なのは、太子によるものとされる

  「勝鬘経義疏(しょうまんぎょうぎしょ)」は、中国の敦煌(とんこう)から出

  土した「勝鬘経本義」と7割が同文で、6世紀後半の中国北朝でつくられた

  と断定されたという事実である。また、「維摩経(ゆいまきょう)」で引用して

  いる中国の書物「百行」は、唐代に成立した「百行書」である可能性が濃厚

  という。つまり、両書は太子が生きた時代に著すことはできなかったのでは

  ないか・・・という指摘がなされている。






 さあ、今回の検証はいかがだったでしょう。

 こうして聖徳太子の痕跡を緻密に探ってゆくと、案外太子は一般人?

 そんな感じですね。

 前回で記したように、冠位十二階、憲法十七条も違うのではないかとなって

 くると、この法隆寺も怪しい。

 それにしても近世の調査というのは本当に優れていて、怖いくらいですね。

 というか、今まで習ってきた歴史はどうなるの? ってカンジだけど (笑)

 本日のファイルはここまでです。また次回。






     チェリンボ みなさまへ チェリンボ



    みなさまへ 

 いつも遊びに来てくれて有り難うございます。

 何度か記事の追記として書いていますが、今

 私は介護の資格を取るため勉強をしております。

 そのため、ただいまブログ巡りはお休みさせて

 頂いております。すみません・・・

 コメントなど頂いておきながら、みなさんの所へ

 行けないのはひじょうに心苦しく、また残念なこ

 となのですが、どうも自分はルーズな性格でし

 て (汗)。一度、ブログ巡りをしてしまうと、時間

 関係なくやってしまうので、そのせいで勉強がおっ

 くうに感じてしまったり、面倒臭くなって諦めてし

 まったりと、とにかく意思が弱いので (泣)、泣く

 泣くブログ巡りは試験に合格するまではおあづけ

 にしました。

 更新はたまに、気分転換にやっております。

 とりあえずは合格するまでは、この状態を続けて

 ゆく予定なので、みなさまの所に遊びに行けず

 にすみません。。

 今後とも宜しくお願いします。

 残暑が厳しいです。みなさま、インフルエンザは

 もちろんのこと、夏バテ、風邪などには注意して

 暑さを乗り越えて下さいませ。

 まずはご挨拶まで。



                        冬灯  くじら








  ※このカテゴリのタイトル名は、サザンの曲「Let's Take a Chanoe」の

    歌詞の一節から拝借しています  †XmasOrns†飴の杖(*゜▽゜)ノ




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COMMENT

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かめとと | URL | 2009-08-31-Mon 00:18 [EDIT]
歴史ってのは本当、後から後から異説が出てきますね。
創建の由来は法隆寺金堂薬師像の光背銘というのは初めて知りました。
史書じゃなかったのですね。
その由来が後世のモノっぽい、と。

うーん…

後から由来を聖徳太子に結び付けようとした…?
事実はどうなんでしょうね。
もしこの法隆寺、冠位十二階、憲法十七条が違うとした場合でも、
後に結び付けられるだけの魅力と言うか、人徳のようなものが太子にはあったのでしょうか。

なんにしても謎の多い人物ですね。

法隆寺は祖父の家からそんなに遠くなく、
道をまーっすぐ進むだけで着くのですが、
生まれて今まで、思い出すに2回だけ行った記憶があります。
1回は確実なんですが、もう1回はちょっと怪しいんですけど…

marihime | URL | 2009-09-01-Tue 00:51 [EDIT]
こんばんは☆

テンプレまた変わりましたねσ(゚ー^*)
私も歴史と文化の記事を書いてるけど、ここで遭遇できるとは思いませんでした。







かめとと さんへ
星月 冬灯 | URL | 2009-09-04-Fri 19:51 [EDIT]
いつも有り難うございます^^

>歴史ってのは本当、後から後から異説が出てきますね。

ですねー。特に現代の研究は本当にすごいと
思います。怖いくらいに色んなことが分かって、
歴史の真実が覆されてますよね。

>創建の由来は法隆寺金堂薬師像の光背銘というのは初めて知りました。

私も本読んで初めて知りました^^

>史書じゃなかったのですね。
その由来が後世のモノっぽい、と。
うーん…

みたいですね。まあ、聖徳太子というと
偉人というイメージが強いから・・・
後世の人がそういう風に作り上げていった
というのはあるのかも知れませんね。
どんな時代でも世界でも、やっぱりヒーローっ
て必要だし^^

>後から由来を聖徳太子に結び付けようとした…?
事実はどうなんでしょうね。

どうなんでしょうね!
でも書物を紐解いてみて、その可能性は
高いような気がします。全ての偉業を彼の
名にまとめてしまった感も否めないような?
実際その当時の権力者といえばなんと言おうと
蘇我氏ですしね。更に太子はかなり若かった
ですし。辻褄は合うような気はします^^

>もしこの法隆寺、冠位十二階、憲法十七条が違うとした場合でも、
後に結び付けられるだけの魅力と言うか、人徳のようなものが太子にはあったのでしょうか。

んー・・・どうなんでしょうね?
魅力や人徳は多少は合ったのかも知れませんね。
加えて命を狙われたという話が浮かんでこない
ということはそれなりに蘇我氏から気に入られて
いた、もしくは調子を合わせていたのかもしれま
せんね。うまく世渡りできる人だったのかもしれ
ないかも・・。更にそんなに政治に拘ってもいな
かったかも?ですよね。仏教などに神経を使って
いたような気もします。だから蝦夷とうまくやって
いけたのかもしれないかなぁと思ったりします。

>なんにしても謎の多い人物ですね。

ですね~。これから先も色んなことが発覚する
とまた面白くなるでしょうね^^

>法隆寺は祖父の家からそんなに遠くなく、
道をまーっすぐ進むだけで着くのですが、
生まれて今まで、思い出すに2回だけ行った記憶があります。
1回は確実なんですが、もう1回はちょっと怪しいんですけど…

へぇ! 近いんですか~^^
私も確か中学生の時の修学旅行で行った覚えが
あります。
案外近場って行かないですよね(笑)
いつでも行けると思って(笑)
marihime さんへ
星月 冬灯 | URL | 2009-09-04-Fri 19:55 [EDIT]
いつも有り難うございます^^

>テンプレまた変わりましたねσ(゚ー^*)

はいww
しょっちゅう変えて楽しんでいるので、
よかったらmarihimeさんも楽しんで下さいvv

>私も歴史と文化の記事を書いてるけど、ここで遭遇できるとは思いませんでした。

marihimeさんの歴史記事、素敵ですよね!
とても細かくて、勉強になりますし^^

私のは本当に趣味程度の本から得た内容だけ
ですが(汗)
歴史は私も好きなので、よく本とか見るんです^^

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